2003年10月30日(木)
きょうも晴れ。
暖かい。
午後、新宿まで歩いた。
また西新宿三井ビルでひと息。
この場所は落ちつくな。
そこのスタバでコーヒーを買って、
ビルで働く人々が行き交うのを見ながら
あ〜でもない、こ〜でもない、と
企画? を考えてみる。なかなかまとまらないのだけど。
ヤル気はあるんだけど、なかなか
カタチとなって実現してこないな。
まだまだ混沌としてる。新宿まで行く途中、本屋に寄る。
「あたしンち」の9巻が出てたから購入。
なぜか目に付いた新書も一冊購入。
『「幸せ脳」は自分でつくる 』だって。
う〜〜ん、自己啓発書? みたいでちょいと
恥ずかしいタイトルだな。
副題の「脳は死ぬまで成長する」っていうのに
惹かれたんだけど、そうゆうことを
気にするお年頃になってしまったのかも。
「大人になっても脳細胞は成長している」とのこと。いいねぇ〜成長しつづける、脳。
ぐつぐつと音たてて? るわけないか。
確かに、物忘れも増えてきたけど、
以前は見えなかったことがみえてきたりするし、
想像力や感性はずっと豊かになってきてるし、
できなかったこともできるようになってたりするってことは、
やはり成長しつづけてるのだろう。
と、自分を元気づけるために、買った本、かな。ああ、それにしても、
自分のふがいなさというか
日和見的なところから脱したい、と思う。
もうここまできたら、
もっとワガママ(これ以上?)に
やりたいことをガンガン躊躇しないで
やっていけばいいんじゃないか、とおもうのに。
どこかで逃げ腰。
自信がないから、行動できないでいる。自分の弱さを口実にしてる。
なんてことを歩きながら考えていて、
よ〜〜し、ひよるな、ガンバレ、お〜〜!
なんて、ひとりガッツをいれてたんだけど、
ウチに帰ってくるとまた、いつもの夜に〜なっているぅ〜新宿の雑貨屋に寄ってついつい買い物した。
いつもは買わないような
化粧小物を買った。
マスカラとか、チークとか。
ああ、なんだか恥ずかしい。
化粧するのってどうも恥ずかしい。
なんでだろう。
ちょっと変わるのが面白いけどね。
遊び感覚。
自分の顔で。
自分の顔はけっしてキライじゃない。
おもしろいかおをしてるとおもう。
ふにょろ〜〜んとしたカオ。
年とってきてゆるんできたけど、
それもまた、いいな、とおもっている。いつもは朝、洗顔石鹸で顔を洗ったら、
化粧水だけつけておしまい。
あれこれ塗りたくるのは、苦手。
ファンデーションとか塗ると、
また洗って落とさなくてはならないのが、苦手。きょうまでゆうなとふたりの夜なので、
今夜はスパゲティやさんへ。
ウニスパゲティを食べた。
ゆうなはよくしゃべるし、わたしはそれをきいてる。
時々よくわからないところは、ききながしたりしてる。
彼女はそういう私の態度にも慣れてる、という。
それでも私たちは、よくコミュニケートしてるとおもう。食べに出るまえ、
ゆうなが部活の後輩に貸してあげるのだといういので、
いろいろクラシックのCDを選んだ。
チャイコフスキーやブラームス、ドヴォルザークの交響曲のCD。
どれがいいかな…と選びながら、
チャイコの5番の4楽章だけを聴きくらべした。
面白い〜〜
指揮者とオーケストラが違うと、全然違う曲みたい。
ムラヴィンスキー、ジョージ・セル、カラヤン。
どれもいいなあ〜。
いい曲だな……元気が出てくる。
チャイコフスキーさんありがとう〜
CDくれたヒト、ありがとう〜〜。夜の空、火星がきれい。
三日月がきれい。
そういえば太陽の磁気嵐が地球にも届いてるらしいけど 、
人体に影響はないのだろうか?
びみょ〜にガンが増えたりしないかな〜。そんな心配してたら、外歩けないよね。
やりなおしはきかない一度きりの人生ですから、
ヒトがどうおもうかとかそんなことより、
自分でなっとくできるような生き方を、
自分で選択していけるような生き方を、
できるだけしていきたい。力はなくても、ヒトの助けも借りながら、
それでもイヤなこと、は拒否して、
自尊心を大切にして、
誰かを苦しめたり憎んだりすることもなく、
自分自身も苦しんだりすることもなく、
ささいなことに喜びや楽しみをみつけながら
できるだけしあわせを感じながら
なんとか、死ぬまで生きていきたいな〜バランスとリズムをうまくとって、
いち、に、さん、し、……と歩くように、
歌うように。
もちろん、そうそう思いどおりにはいかないんだけど、
そうゆう日もあるさ、と認めて。そういえば新宿の雑貨屋さんにいたとき
流れていたBGMの曲に、「ん?」と興味をひかれた。
このメロディーはどこかで……とおもってよ〜く聴いてると、
合唱曲の「大地讃頌(こうゆう字だっけ?)」では?
ははな〜るだいち〜のぉぉ〜……をジャズにしてる。
へぇ〜これがジャズになるんだ。
どんなヒトたちが演奏してるのだろう?気が向くままに歩いていって、気になるところに足を止め、
目を止め、耳を止め、そうやっていろいろ受け止めて、
それらをなんとか自分のなかにとりこんでいきたい。「表現すること」はまた
受け止める、のとは違うところの神経をたくさんつかう。
そのあたりの脳細胞もまだまだこれから
鍛えていかなくてはな、とおもう。
うまくなくても、ちゃんとヒトのココロに届くものを。ココロに届くものを。
そして、そのヒトのなにかに触れられるものを。あ〜難しいな。