2001 11月12日(月)
こわされた家の後にすぐ、
また家を建てている。
毎日窓からみえる目の前が、
工事中だ。
クレーンで資材を持ち上げて、
壁などを組み立ててる。
朝起きてカーテンをあけようとすると、
すぐそこにヘルメットが動いてるのがみえたので、
またすぐカーテンを閉めた。
だからきょうは雨なのか晴れなのか、
さっぱりわからない。
それにしても、
簡単にくみあげられていく家。
全然木材の柱を使ってないようだ。
ずいぶん早い速度で壁ができあがっていってる。
ほんとに積み木でも積み上げてるような手軽さにみえる。
だいじょうぶなのかな……と、
ひとごとながら心配になる。
プレハブに毛が生えたような家にみえる。
そう見えるだけなのかな?
あんがい丈夫で長持ちするのかな?
きょうは寒くてとうとうストーブをつけた。
ガスファンヒーター。
急に寒くなってきたので、
身体がまだ寒さになれないのだろう。
厚着をしても、毛布をかぶっても、
背中が寒い。
ストーブをつけてても、
まだ寒い。
こんな日は、どうする?
ふと手にした文庫本を今日はずうっと読みふけった。
娘が読みかけている本。
江國香織さんの「流しのしたの骨」。
しんとせつなくなるような、
家族の物語。
いままでなんとなく、
このひとの小説は読まないできてしまった。
なんとなく、上品すぎるきがしたのだ。
それはまったく先入観にすぎなかったね。
確かに、文章に上品さはあるけれど、
かえってそれが静かなリズムになって、
こちらの心にまっすぐとどく。
感覚が鋭くて、それでいてやわらかな文章。
いつのまにか、登場人物が存在感をもって、
わたしのなかで生きてくる。
ひとりひとりの表情まで見えてくるような、
細やかで的確な描写力。
このヒトたちの暮らしをずうっと、
見続けていきたいと、おもった。
描かれている匂いや、
手触りを、
わたしも感じたことがあるような
気がして、懐かしかった。
なんだか泣きたいような、
それをちょっとずっとこらえているような、
そんなふうにして読んだ。
これは幸福な読書だとおもった。
失われてしまったけれど、
確かにわたしのなかで記憶として残ってる、
かけがえのない思い出たちのことをおもった。
それぞれはほんのささいなことたちなのだけれど。
そういう思い出たちを持つことのできるしあわせと、
失われてしまっていることのせつなさを、
おもった。