2003年10月25日(土)

 

はたくさんだったけど、雨は降らず。
昼間ゆうなに誘われてまた中野へ。
彼女は学校から自転車で向かう。
わたしは待ち合わせ場所の本屋まで、ひとりで歩いていった。
20分ほどで着く。
歩くと汗をかく。
彼女が服を選ぶのにつきあう。
ひとりじゃ悩んで迷うから買えないと言う。
いっしょに行ってもよ〜く迷ってる。
カワイイ模様のカーディガンを買ってた。

ユニクロと無印良品にもいく。
ユニクロは土曜だったこともあり、混んでた。
昨日買ったセーターのサイズが
袋の表示と違っていたので、取り替えてもらった。

もいっこ、おとといスーパーで買った丸形の蛍光灯が
買ってきてみたらどうも小さいようだったので、
きょう、スーパーに行って
ひとまわり大きいモノに取り替えてもらった。
そして、いざ、付け替えようと
洗面所の蛍光灯のフタをはずしてみたら……
「う、小さいのでよかったんじゃん……」
……もう取り替えてもらいに行く勇気がないよ。
脱力。
こうゆう日も、あるよね…。

ユニクロのセーターのほうは、無事取り替えてもらった。
無印ではいろいろ下着とか文具とか
とっくり襟の長袖シャツなども買った。
お菓子も買った。
ヤケ買い? ストレス買い?
う〜ん、節約しなくては、なあ。
まあ、必要なモノばかりだから…(ホントか?)

少し仕事も進めたが、夜は読書。
フロムの本、読み終えた。
う〜〜ん、なんと理想主義に満ちた本なんだろ。
中島義道の「愛という試練」とは全く対極的。
でも、どちらにしても、
フロムにしても、そう簡単に本当にヒトを
愛することができる人間にはなれないと、言ってるから、
まったくふたりの主張が相容れないわけでもない。
中島さんのほうは、自分は愛せない人間だと言ってるわけだし。
フロムさんは、修練を積まないと愛せない、と言ってるようだし。

感情、嫉妬心、強いナルシシズム、などが厄介。
これらを理性でコントロールできればね。
でもなんでもかんでも寛容になって、
愛するなんてことはできないな。
与えて行動できるヒトには、なれない。
どこかで限界を感じてしまっている。
あきらめてしまってる。
それが、内面的怠惰、なのかも。

人類に対する愛も、自分の中にあるんだかなんだかわからない。
他人に対してすごく興味があるわけでもない、
全くないわけでもない。
ヒトと出会えば面白いな、とおもうけど、
あまりにも密な関係はうっとおしいとおもうだろう。

ただ、そのぶん、
一対一の親密なヒトに対する期待度が強くなりすぎるようだ。
それが、ヤバイ。
その感情に、自分が自分で支配されてしまって、
自縄自縛に陥ってしまう。
そしてそれが強くなってしまうと、
どんどん苦しくなっていってしまうから。

娘らにはそんな強い愛着はないから、
うまく毎日生活してきてるようにおもう。
強い執着心、が厄介。
独占欲というのではなくて、
いつのまにか自分の心がそこに執着してしまっている。
ついついはまってしまう。
そこから、逃げだしたい。

逃げ出すとまた、さびしくもあり。

なんてことをまあ、飽きもせず
おもいめぐらしていることです。
ほかの人々のことはわからない。
みんな、そんなことは考えずに日々を
生活しているのでしょう、か?

娘に「おかあちゃんの楽しみは、何? 」
と訊かれた。
楽しいこと?
歩いたり感じたり、しゃべったり笑ったり、
楽しいと感じてる時が、楽しい時なのかな〜?

毎日楽しいことだけでも、飽きるかもね。

ああ、しかし蛍光灯ムダしたよ。
あしたは仕事をしっかり進めないとたまってしまうよ。
お掃除や片付けもしないと。
お風呂入ったり歯を磨いたり、顔洗ったり、
ご飯食べたりトイレ行ったり、そうゆうことだけでは
生きられない? 

ひとりでアレコレとムダなようなことを
た〜っぷりとおもいめぐらせている時間が
きっとスキなのでしょう、必要なんでしょう。
自由……、なのかな。

よく夢も見ているようです。
明け方に。
たくさん見ているということは覚えてるのだけど、
内容は忘れてる。

心の境界線の太いヒトはあまり夢も見ず、
ぐっすり寝て、世俗的な生活を送っていけるらしい。
心の境界線の細いひとは、夢をたくさん見て、
あまりにも繊細なヒトは、その夢に支配されてしまうらしい。
というドキュメンタリー番組をかつてNHKで観たキオクがある。
たしか、境界線の細いヒトの例として登場してたのは、
芸術的な写真を撮る女性カメラマンのヒトだった。
夢をいろいろ見すぎて、不眠症に陥ってた。

(わたしは最近よく寝てます)

日記としてこうやっておもいつくままに
誰にもたのまれもしないのに
書いてることって、不安だからなのかな。
言葉の力を、信じたいのだろうか?

言葉はちゃんとココロに届くのだろうか?

なかなか、それは難しいんだけど、それでも
書いているのは、どうしてかな?

自分に向けて書いてるのかな?
客観的に自分を見るのはすごく難しいから、ね。
多面的にみることができたらいいな、と思う。
自分のことも、他人のことも。
一面的にヒトをきめつけたりはしたくない。
勝手に分類したりしたくない。
でもそれってついついやっちゃうんだけどね。
あのヒトはいいひとだとか、偽善者だとか、
悪いヤツじゃないけど信用できないとか……。

ああ、いかん、夜中になってきたこともあり、
とりとめなくなってきてる。

ほかの人たちっていったいひとりの時に
何を考えていたりするんだろう?

 

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