「自閉症だったわたしへ」 ドナ・ウィリアムズ・著/河野万里子・訳 新潮社
「食農教育」 2002年3月号 掲載

 

原題は「NOBODY NOWHERE」
……誰でもない どこにもいない 。


読み出すと、憑かれたように
その世界にはいりこんでゆく。
リズムをもった言葉から、
イメージが、いきいきとあらわれ、ひきこまれる。
その言葉たちの力に圧倒されながら読むうち、
ドナの痛みが、わたしのこころに強く響いてくる。


ドナは自閉症。


人は、身体と、精神と、情緒との、
三つのシステムからなっていると、 彼女は書いている。
普通、人々は、これらを統合して、
社会的な生活をしていける。
しかし、どれかひとつでもうまく働かなくなると、
バランスがとれず「世の中」では、生きにくくなってしまう。
その三つのうち、情緒に障害があるのが
「自閉症」だと彼女は書いている。
身体と精神は正常なのに、
感情をコントロールする機能が、
はじめから 壊れてしまっているというのだ。


人の微妙な表情の変化や、
その場の雰囲気を読みとることができない。
会話の言葉は聞こえているのに、
その意味が聞こえてこない。
そのために、場違いな言動をしてしまい、
孤立し、いじめられてしまう。


愛情をもったふれあいや、
スキンシップが怖い。
親切な愛情あふれる人が、
彼女に手をさしのべて、抱きしめようとする。
それがドナには、怖い。
死の恐怖に近いという。
愛情が、人を深く傷つけてしまうことさえあるのだ。


そんなドナが、 生きてゆくために 仮面の人物を生みだし、
そのキャラクターになりきることによって、
なんとか「世の中」で生きていく。
その反面、ほんとうの「わたし」である「ドナ」は消えてしまう。
タンスの奥で膝をかかえて、三歳のこどものままで。


傷つきながら、
それでもなんとか自分自身でありたいと、
もがき、苦しみ、闘い、
あるがままの「ドナ」を受け入れてくれる人と出会い、
成長していく。
その過程はどんな小説より、
リアルにこころを揺さぶってくる。
そして、 「NOBODY NOWHERE」 だったドナの物語は、
いつしか「SOMEBODY SOMEWHERE」
……誰かであり、どこかである物語へと、
つながり、ひろがってゆく。
(自閉症だったわたしへ)


そして、私たちに、
人を理解することの難しさと、
理解し合えたときのすばらしさとを教えてくれる。


真の愛情ってどんなふうなものだろう?
子どもたちの成長を見守るときに
ほんとうに必要なものは何だろう? 


そのためのヒントが、ここにはたくさんある。

 

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