「ひきこもれ」……ひとりの時間をもつということ 吉本隆明・著 大和書房
「食農教育」 2003年3月号 掲載
いきなり「ひきこもれ」!
である。著者は思想家の吉本隆明さん。
第一章「若者たちよ、ひきこもれ」。
『「ひきこもり」はよくない。
ひきこもっている奴は、
何とかして社会に引っ張り出したほうがいい。
-----そうした考えに、ぼくは到底賛同することができません。』
と、彼は語り始める。
世の中に出張っていくばかりがいいことじゃない。
ひきこもることによって育まれる内面の「価値」がある。
分断されることのない、「一人の時間」を持つことの大切さ。
『時間をこま切れにされていたら、
ひとは何ものになることができない。』と断言する。
自らを「ひきこもり的気質」と呼び、
だからこそ物を書くようになったという吉本さん。
娘2人の子育てにおいても、
女の子だからといって、
用事をいいつけて彼女たちの時間をこまぎれにしないように、
気をつけたという。
(その成果か、長女は小説家、次女はマンガ家になり、
いい作品を生みだし続けている。)
ひきこもっているのは、苦しい。
自分が社会から取り残されてしまってるような、
孤独感…なんとかしなくては、
という焦燥感…が常にある。私自身も「ひきこもり的」性質なので、
いつも「これではいけない」
「もっと社交的になって、みんなと仲良くつきあわなくては」
などという焦りがあった。
こんな自分はどこか「ダメなやつ」だと感じ続けていた。だからこそ、この本を読んで、
ほっとした。
そうだった、こういう自分だったからこそ、
本を読んだり、文章を書いたり、
マンガを読んだり絵をかいたり、
という時間が持てたのだ。
とりあえずスキなことを仕事にしてる、
いまの自分があるのだ。
「ひきこもり」から、
「不登校」「いじめ」「死」「恋愛」「老い」
…などの問題についても、
彼は鋭くて重みのある「言葉」を語る。
自分自身が「ひきこもり」であったために、
苦しんできたこと、得てきたこと、
自分なりの「孤独」とのつきあい方についても語る。
それは嘘のない実感があって、
ずっしりとこちらの「内面」に
響いてくる「言葉」だ。
この本は、ひきこもりだったり内向的なために、
いまの社会では生きにくいヒトたち、
そして、彼らをなんとかして立派な社会人にしようと
頑張ってる善意な人たちに、
ぜひ読んで欲しい。
ほんとうの意味で、
ヒトとヒトとが理解しあって認め合う、
ということは、どういうことなのか。
そんなことについても、
深く考えさせられる本だ。