『光ってみえるもの、あれは』 川上弘美・著 中央公論新社
「食農教育」 2003年 11月号 掲載
今日はどうだった? と母に聞かれて、
ふつう、
と答える16歳の少年、江戸翠。
「うん。ふつう。」
でも、彼の家族はちょっと「ふつう」じゃない。
母と祖母の3人暮らし。母はフリーライターの「愛子さん」。
結婚しないで翠くんを生んだヒト。
祖母はしっかりもの。
翠くんが小さいころから、彼を一人前扱いしてきた。
「おとうさん」は、いない。
でも、精子提供者である「大鳥さん」がいて、
ちょくちょくふらっと家にやってくる。
母には「佐藤さん」という恋人がいて、
翠くんには「花田」という親友がいて、
「平山水絵」という彼女がいる。
そんな彼らをめぐる物語だ。川上弘美さんの、
少し古風でふうわりとした文章のリズムにゆられながら、
ちょっと可笑しくて魅力的な人物たちの物語と、
いっしょに流れていく。なんだかここちいい。
このままこの人たちとずうっといっしょに
流れていきたいような気さえしてくる。
どこへ流れていくんだろう?
世の中の「ふつう」の人とは、
ズレた、 人物たち。
そのズレを曖昧にごまかすことができない。
自分の想いに忠実で真面目だからこそ、
世間からはどんどんズレていってしまう。
その「ズレ」の感覚が、
私にはとてもまっとうなものに思えてくるのだ。
お互いの想いが、微妙にズレる。
こころのふきだまりに、
わりきれない想いが、いっぱいになっていく。
その流れは止められない。
流れにあらがおうとしたり、身をまかせてみたり。
そうするうちに、関係も変化していく。何にも思わず、
世間的な常識の範囲内で生きられたら、
ある面とってもラクだろうな。
でも、そんな人生、つまらない。
少なくとも、この物語の人物たちは、
ズレてしまっているからこそ、
魅力的なのだ。
生き生きとしてるのだ。
ズレていて、いいんだ。
「世間」からのお仕着せの服を、
がまんして着なくてもいいのだ。
「既製服」を脱ぎ捨てて、
自分にぴったり合った服を探しにいくように、
不器用で世の中からはう〜んとはずれていても、
自分にしっくりくる生き方を模索していくほうがいいんだ。そうやってジタバタしてるうちに、
この混沌としている人生の流れにもまれながらも
すい〜っと泳いでいく術を、
身につけていけるものなのかもしれない。
自己流の泳ぎ方でいい。
そう感じさせてくれる。
不思議でいてせつなくて。
いま生きてるってことを
ぎゅっと抱きしめてやりたくなる、
そんな物語。