2003年7月31日(木)

 

きょうは蒸し暑かった。
でも、午後に大久保にでかけたとき
バス時間をちょっとまちがえて
15分ほどバス停にもたれて待っていたら
風がふわあ〜っといい速度で吹いてきて
少し汗ばんだ体をさらっていってくれた。
気持ちがよかった。

そういう、ムダにおもえるような時間に、
なにかたいせつなことが、隠れていたりするのかも。
気がつけばいいだけのことなのかもしれない。

ぼんやりする時間が必要。
とりとめない思いも必要。
ムダな時間がたくさん必要。

たのしむことも
くるしむことも
りょうほうあっていいのだろう、たぶん。

とはいえ、落ち込んでるときって
ほんとうに苦しいから、もう
ともかくそこから逃げたくて
あるいは、何もやる気がでないときは
ほんんとうに何もやりたくなくて、
自分がつまらない人間のような気がして
ただ、その日を無難に終わらせることだけを
考えていたりする。

みんな過去になっていくのだけど、
いまの自分に無関係になっていく過去はなくて、
つながっているし、関わってくる。

ただムヤミにムキになって努力すれば
いいということもないから、難しい…よね。

あ〜またなんだかとりとめなくなってきた。

こうしてただ、書いていることが
わたしにとっては心良いというか
一種の精神安定剤になっているのだとおもう。

かなり、抑鬱的な性格だとおもうから、
こうして自己コントロールしてきたのだとおもう。

楽しいことだけやっていけるなんて
そんなこともありえないし、
苦しいことだけしかないなんて
そんな生活もしたくない。

楽しい想い出も、
苦しかった想い出も、
両方あって、どちらも多分
いまのわたしにつながっている。

そしてまたこれからさきへと
つながっていく。

でもやっぱり、あんまり
苦しいことや哀しいこと、
理不尽なことや大切なものを失ってしまうことは
起きてほしくないな。
ほんとうに。

どうか、健康に
たのしくながく
生きていけますように、って、
なんとも基本的でまっとうな「願い」に
なってしまうんだ。

シンプルに。

かみさまかみさまどうかもう
かなしいことがおきませんように、って。

まえ  つぎ