2003年11月25日(火)
きょうは、一日雨。
学校から帰ってきて
「うちにいてあったかくして
雨の音を聴いてると、しあわせ〜ってかんじだね」
と、もえが言った。
同感です。コンサートにいってきました。
ラフマニノフのピアノコンチェルト2番を演奏するというのを
朝日新聞の情報欄でみつけ、
5組ご招待、とあったので、応募した。
もえの名前で。それには、はずれてしまったのだけど、
応募したひとの特典? として
ひとり1500円で2名までチケットを申し込めるというので、
じゃあ、行くか〜と申し込んだのでした。
一番安い席が3500円だったから
きっと後ろのほうかな、とおもってたら、
チケットをみたらS席だった。
8千円の席だ〜
池袋東京芸術劇場で、
一階席のS席に座ったのは初めてだった。
こ、これはお得!いつもたいてい3階のうしろのほうだよ。
そこでもけっこうこのホールはいい音がするから。きょうのコンサートは、
ラトヴィア国立交響楽団の演奏会。
まず、グリーグの組曲ペール=ギュント第1組曲。
「朝」とか「オーギュの死(だっけ?)」など、
よく耳にする曲だ。
4曲目がおもしろかった!
すごくゆ〜っくりスタートして、しのびあしですすんでいって、
どんどん早くなっていって、かけぬけていくラスト。
それから
中国の若手女流ピアニスト、チェン・サの演奏で、
パガニーニの主題による狂詩曲(ラフマニノフ)。
まだ24歳。
生き生きとしていて、打鍵もしっかりはっきりしていて、
弾く喜びと生命力に満ちた演奏だった。
(やはり、肩や腕の筋肉がすごい、きれい)
きいていてワクワクした。
後半はラフマニノフのピアノコンチェルト2番。
こちらはアメリカのピアニスト、ケヴィン・ケナーの演奏。
ひょろっと背のたかい、40歳くらいのヒト。
手足が長い。
指も長い。
出だしの和音、ピアニッシモからフォルッテッシモへ、
迫力があった。
同じラフマニノフの曲だけど、
前半の曲はリズミカルできりりとした印象だけど、
後半の曲はざわざわと情緒的で揺れ動いてどお〜っと流れていく
ロマンチックな演奏 。
時々オケとびみょーにずれるのが、聴いていてハラハラ。
う〜ん、生もの。ふたりともそれぞれアンコールを弾いた。
チェンさんは、中国の曲(平湖秋月)とショパンのワルツ。
ケヴィンさんは、ショパンの曲を3曲。
ノクターン20番、乙女の願い(こんな曲あったっけ?)とプレリュードから。
ふう、満足、しました。
コンサート、いいね……。1500円で、S席で。
応募してみるもんだ。お金がない、といいつつ、
コンサートによく行ってるな。
来月もすでに2回行く予定。
5日に、友だち(大学の時の後輩) と
マタイ受難曲(バッハ)を聴きにいく。
6時半から10時半くらいまでかかるらしい!
17日にはまたもえと
木管だけのアンサンブルを聴きにいく。さ〜て、稼がないと……。
もえが学校から何故か
「チーズはどこへ消えた?」というあの
ベストセラー本を借りてきた。
すぐ読んじゃったけど、面白かった。
わかっちゃいるけど〜できないのよね〜みたいなことを
わかりやすい寓話で表現していて、さらに、
それについて語り合う人々を登場させてるところが、うまい。
変化をおそれずに、現実世界の苦難を乗り越えよう、ってこと?
失ったことをいつまでも嘆いていたり、
居心地のいいいまの居場所にしがみついてばかりいないで、
ってこと?
自分のなかの、恐怖心にとらわれてないで、
さっさと次のステージに移って対応しろよ、ってこと?んまあ〜そうゆうことだよね。
わかっちゃいるんだけど、ついつい、
お気楽なところにとどまっていようとしてしまう。
それで、うまくいかなくなると、
他人のせいにしたり、
社会のせいにしたり。恨み事、いくら言ったって、
状況は良くならないのにね。
つねにまわりの状況に気を配って
対応して変化していこうとしないと
生きていけないこの世界。
社会のせい、ヒトのせいにしてたって、
ダメだから、
自分で変わっていくしかない。そういうことが身にしみて
感じるようになっている、このごろです。無力感には陥りたくない。
ただ、自分ひとりでジタバタしてたって
ひとりの力は小さいから、
ヒトとつながって
そしてそのなかでなんとか
自分の居場所をつくって
いくしかないように、おもう。むやみやたらに動き回って
どこにでも飛び出していけばいいってもんでもないだろうしなあ。まあ、物語は、物語でしかない。
聖書だって、物語(なのだろう)。
自分は自分の毎日をいくしかないです。
思い悩んでもしょうがないけど、
考えナシでも困りもの。愚行を繰り返して
実感して、苦しんで体験して、
そこからしか本当には学べないのかも。道はとおいな〜(どこへ行こうとしてるの?)