2003年10月11日(土)
午前中は浮かない気分。
とくに寝起きがつらい。
ぐるぐるぐるぐるアタマのなか
考えてもしょうがないことが渦巻いてる。午後すごく眠たくて、昼寝した。
夕方5時に目が覚めて、
ちょうど部活から帰ってきた、もえ、と
吉祥寺へ。
彼女の買い物につきあった。部活の後輩にプレゼントする小物選びで
雑貨屋めぐり。
ああでもない、こうでもない、と
なかなか決まらない。そうやってうろうろ買い物したり
バカなことを言い合いながら歩いてると
だんだん元気になってくる。夜ご飯は、まめ蔵のカレー。
スペシャルカレーのディナーセット。
夜、NHK教育のETV番組を観た。
末期ガンで余命わずかという
50代の校長先生の「いのちの授業」の
ドキュメンタリー番組。
なにかを、自分が生きたという証を
もとめてひたむきに生きているヒトの姿。
明日目が覚めなくても後悔しないという、覚悟。その後、現代社会の家族問題意識をテーマにした
番組を続けて観た。
1973年と、その30年後の2003年の
日本人の家族観の大きな変化。
結婚はとくにしなくてもいい、と考えてるヒトが
もう半数以上いるらしい。
独身率も高くなってきてる。
離婚もどんどん増えていくだろう。
ウチなんて、家族の最先端? をいってるのかも。離婚してるから子の父親はウチにいないけど、
会おうとすればいつでも会える距離にいる。
子どもらは自分からはあえて会おうとしないけど、
とくに父親不在のさびしさは感じてないようだ。
たまにいっしょにご飯食べたりして、
そうゆうもんだとおもってるようだ。
どこかで父子の信頼関係もできているのだろう。
まあ、父親はいなくても平気? な存在なのかもしれないし。
親なんてめんどうみてくれてそばにいるのが1人いれば
充分なのかもしれないし。
あとは生活費がなんとかなれば、ね。もしわたしが子の父に
「もう二度と会いたくない、顔もみたくない、子どもにもあわせない」
と、感情的になってしまえば
そうなってしまっただろう。でも、わたしはそうしたくなかった。
憎んだり恨んだりするほうがずっと
簡単だったかもしれない。
そうしたほうがうんとラクかとおもったこともあった。
でも苦しみを飲み込んでしまえば
わたしのところでとめてしまえば
子どもらが苦しんだり、爺婆が悲しんだり、
わたし以外のヒトが苦しんだり悲しんだりすることは
さけられるだろう。ま、ここでこのまま生活してくために、
わたしがとった現実的な処世術、ともいえるんだけどね。自分が弱いから、身近な人が苦しむのを
みたくないから、そうしてきたのかもしれない。
自分の存在が原因で、誰かが苦しむのを
みたくない、のだ。
もう、くるしいのは、うんざり。
まあ、ともかく、ここには書けないくらい
いろんなことがありました。
苦しいことも悲しいこともありました。
でも、楽しいこともうれしいこともいっぱいありました。充分楽しんできたと、おもってる。
後悔はしたくない、とおもってる。
試行錯誤して、漂流してきてるけど、
いまの3人暮らしはお気楽。
これはこれでそう悪くない。
わたしのこころは、
すくなくとも、がんじがらめではない。
不安がたくさんあるかわりに、
自由度も大きい。
子どもらは面白いし、
いっしょにいて楽しい。
親子のコミュニケーションはとれてるな、とおもう。
ってゆうか、同レベルで暮らしてる、というか。
あんまり母親らしいことはしていないし、
しようともしていないんだけど。でも明日、死んでも後悔しないだろうか?
そんな覚悟はあるのかな?やってきたこと、こうなってきてることは
後悔しないとおもうけど、
まだまだやりのこしてることはあるとおもう。弱いけど、力もないけど、
なんとかかんとかわたしは
従来の家族モデルにあてはまらない生き方を
なんだかんだジタバタしながら
やってきた。そのことを
ちゃんとしるしておきたい気がする。
どうしてこうなってきたのか。
よいところ、わるいところ、
失ったもの、得たものを、
あらわしておきたいとおもう。他のひとたちにも理解してほしいとおもう。
こうでなくてはならない、という型はないのだということを。
何を大切にしてきたのか、
どうしてきたかったのか。わかってほしい、とおもう。
わたしの心は自由でありたいと願ってる。
それでいながら、ヒトを愛したいと思ってる。なかなかそれが両立しないところが、
つらいところだけど、
これからもそうありたいと願いつつ
生きていくのだろう、とおもう。