2002 1月10日(木)
きょうは一歩も外にでなかった。
そして、ずっと本を読んでいた。
「自閉症だったわたしへ」ドナ・ウィリアムズ著。
原題「NOBODY NOWHRE」
誰でもない どこにもいない。読み始めると憑かれたようにその世界にはいりこむ。
たくさんの言葉が、リズムとイメージをもって、
つぎつぎとあらわれてくる。
言葉の持つ力に圧倒されながら、
ドナの痛みが言葉から、
私のこころにもつたわってくる。
不思議だ、ここにあるのは、
言葉だけなのに。
それも、彼女が記したEngrish「英語」 ではなく、
日本語なのに。
ドナは自閉症。
ヒトは3つのシステムからなっていると、
彼女は書いている。
身体と、精神と、情緒と。
普通のノーマルなヒトは、これらを統合して、
バランスとって生活していける。
どれかがうまく働かなくなると、
バランスがとれず、
社会では生きにくくなる。そのうち情緒に障害があるのが、
「自閉症」だと彼女は書いている。
身体と精神は比較的正常なのに、
感情をコントロールする機能が、
壊れてしまっているという。愛情をもったふれあいや、
スキンシップが怖い。
ヒトの微妙な表情の変化や、
その場の雰囲気をよみとることができない。
会話の言葉は聞こえているのに、
その意味が聞こえてこない……。
そのために、場違いな言動をしてしまい、
孤立してしまう。親切な愛情あふれる人が、
彼女に手をさしのべて、
あたたかく抱きしめようとする。
それがドナには、怖い。
死の恐怖に近いという。
そんなドナが、
生きてゆくために、
仮面の人物を生みだし、
そのキャラクターになることによって、
なんとか社会生活をしてゆく。
その反面、ほんとうの「わたし」であるドナは、
消えてしまう。
タンスの奥で膝をかかえて、
3歳のこどものままで。傷つきながら、
それでもなんとか自分自身でありたいと、
もがき、苦しみ、闘い、
自分をちゃんとみてくれるヒトと出会い、
ドナは成長していく。
仮面のキャラクターから、
「ほんとうのわたし 」である「ドナ」へ。
その物語はどんな小説より、
リアルにこころを揺さぶってくる。そして、
「NOBODY NOWHERE」 だったドナはの物語は、
「SOMEBODY SOMEWHERE」(自閉症だったわたしへ)
誰か、であり、どこか、である物語へと、
ひろがり、成長してゆく。自分とは全く違う世界のヒトの
自伝なのに、
懐かしい感覚に度々おそわれる。
こどもだったころ確かに持っていた、
ひとりぼっちで孤独だけれど、
豊かにもっていた、自分だけの世界。
想像力に身をまかせているだけで、
しあわせだった、あの時間。
そんな記憶がよみがえってくる。そんな力も、
ドナの言葉の世界にはある。
それが、
世界中でこの本が愛されて、
読まれている 理由のひとつなのだろう。
……おっと、
つい、ここに書いてしまったけど、
この本の紹介文をちゃんと書かなくてはいけないのだ。おもいつくままに、
書いてみたくなったので。
「自閉症だったわたしへ」
「自閉症だったわたしへ」
どちらも 新潮文庫からでてます。
興味とおひまがあるかたは、
ぜひ、読んでみてください。